ノーモアナガサキ・ノーモアヒロシマ

なおすけ

2009年08月07日 20:21

物心ついたときから、夏になると図書館で戦争関係の本を読むのが習慣でした。
両親に教えられたわけでもなく、学校ですすめられたわけでもなく、なぜか。

次から次に夢中で読みました。

原子爆弾や空襲、特攻隊の悲劇はもちろんのこと、
第一次世界大戦から第二次世界大戦まで
あらゆる資料に興味を持ちました。


広島、長崎、沖縄では戦争の爪痕をめぐり、戦争体験なさった方のお話を聞きました、
本だけでなく、映画やアニメ、ドキュメンタリーも頻繁に目にし、
アウシュビッツを訪れたいとまで思うようになりました。


あまりのドラマチックさに、非現実的な出来事として見ていたのだと思います。
過去のことだから、知識として持っていよう。
なのに、この焦燥感はなんでしょうか。


この時期、花火が好きな母とお祭りによく出かけます。
しかし、私にとって花火や大きな音は空襲や原爆を連想させるものです。

体験したわけでもないのに、なぜでしょうか。
何か、見えない力を感じます。


先日、小学生の女の子と話していて衝撃を受けました。

「戦争ってなあに?」

これは、ある意味とても幸せなことだと思います。
戦争という言葉が、地球上から無くなったのだとしたらどんなにいいか。

しかし、現在の日本で「戦争」を知らずに生きて行けるでしょうか。

学校では、平和教育がなされていないのでしょうか。



新聞のテレビ欄をみても、戦争を学ぶ機会となる番組が
めっきり減ってしまいました。



2010年 核不拡散条約(NPT)再検討会議にむけて、署名活動が行われています。

アメリカの若い人たちも学んでいます。


過去を嘆くのではなく、

過去に目をふさぐのではなく、

過去をないがしろにするのではなく、

我々ももっと学べることがあると思います。


2010年 ニューヨークでのこの会議を一つの目標に
この夏、私にできることを探します。